Cycle Peugeot Museum

Gerard Military Folding bicycle

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アンリ・ジェラールの折畳み式軍用自転車

ある日、フランスから一通のメールが届いた。 差出人は、Bicyclette Pliante Gerard というウェブサイトを運営している方で、ジェラールの折畳み式軍用自転車のことを調べているとのこと。

「Bicyclette Pliante Gerard」へのリンク



僕のところにメールを送ってきた理由は2つあった。 ひとつは、その折畳み式自転車がジェラールというフランス陸軍大尉により考案され、サイクルズ・プジョー社(初期は仏の機械学士Charles Morelによって製作)によって生産されていたということ。 もうひとつは、1896年のフランスの新聞で、「同年12月、パリで開催されたSalon du Cycleを数名の日本陸軍士官が訪れ、アンリ・ジェラールが考案したフランスの軍用折畳み式自転車に関心をもっていた」という記事を見つけたことだ。 それで、もしかしてジェラールの折畳み式軍用自転車が日本にも輸入されており、プジョー好きの人間ならそれに関する情報を持っているのではないか、と考えたらしい。

調査は簡単だった。「わだち」というブログに必要なことが全部記載されていたからだ。 帝国陸軍とジェラール折畳み式軍用自転車との関連に興味がある方は、このブログを訪問することをお薦めする。

Photo Source is "Bicyclette Pliante Gerard".

試みに、国立国会図書館に依頼して雑誌「輪友」7,8号の記事を取り寄せてみた。ジェラール折畳み式軍用自転車に関する概略は以下の通りだった。
19世紀末、アンリ・ジェラールというフランスの陸軍大尉が従来の騎兵隊において軍用馬が果たしていた役割を自転車が担えないかと考え、折畳み式自転車を試作してみた。 初期のモデルは不評だったが、その後改良を重ねた結果その効用が認められ、欧州各国の陸軍が折畳み式自転車の導入を開始した。 ちなみに、日本陸軍は1902年頃にジェラルド式を50台程導入したと記事にある。


複数の資料に記されている折畳み式軍用自転車の一般的な効用

1.軍用馬よりも効率的な移動が可能。
2.耐久性において優れており、自然堤防や田園地帯を難なく走行できる。
3.飼葉等のコストが不要。
4.故障時に現地での部品調達が容易。
5.険しい山間部など地形が自転車の走行に適していないときは、瞬時に折畳んで背負うことができる。


余談だが後日、上記ジェラール式自転車の所有者がタイヤ交換に関する質問を送って来た。 僕には手に負えない事案だったので、下記「彩 on Your World」の管理人様にアドバイスを請うたところ、想像を超える丁寧なご説明とアドバイスを賜った。 興味のある方は、下記のコメント欄を見て頂きたい。

※「彩 on Your World」の管理人様、有難うございます。

彩 on your world へのリンク




国立国会図書館で調べてみると、上記「輪友」の他、1900年前後に作成された帝国陸軍の資料が4つほどあった。 これらの資料から、当時の日本陸軍が自転車を部隊へ配備することに強い関心を抱いていた事が判る。
そのうちの1点は、陸軍による欧州各国の自転車部隊活用状況に関する調査報告書で、具体的にはフランス・ドイツ・イタリア・オーストリアにおける部隊編成が記されていた。
軍の資料なので著作権を考慮する必要はないと考え、全文を掲載する。

『軽気球隊自転車隊機関銃隊編成ニ関シ調査ノ第1書、明治35年2月より

書類2
書類3
書類4

「もう1点もやはり欧州各国の自転車部隊活用状況に触れ、日本においても速やかに採用すべきところ、部隊に配給する自転車を自前で製作する技術・材料が当時十分でなく、その問題を解決する間にさらなる研究を続けるべき旨が記されている。


『自転車隊に関する意見

英佛両国においては、平時自転車隊を編成する。英はその数5隊、仏は2隊で、兵員数は120〜150名程度。その他、歩兵・工兵の各中隊に若干の自転車を備える。 その他の欧州列国においては、平時は自転車隊を編成せず、各隊に自転車を備えて兵を教育するのみであるが、近年の各国の機動演習方向を見るに、自転車支隊を編成して騎兵師団の後援とし、もしくは独立捜索に使用され、平時に自転車隊をもたない軍にあっても、一度事が起これば臨時に自転車支隊を編成し、戦場に馳せ参じることは、想像に難くない。
わが国では、既に歩兵・工兵各中隊に自転車2台を備える旨決定されているが、そのための資源・技術がないため未だにそれが実現されていない。
各中隊に配備すべき自転車が未完成であるのに独立の1支隊を設けるのは早計であるが、各隊への自転車の配備が完了すれば、伝令騎兵の数を大幅に省き、以って騎兵の戦闘力を強化し、また必要に際し自転車の半数を採っても各師団にはなお約50名の支隊を編成する事が可能である。 それゆえ、まず各隊に配備すべき自転車の完成を急ぎ、その間に独立支隊編成のプラス面・マイナス面を研究し、必要と確認できればこれを設置すべきである。 

戦時機関銃隊編成要領 明治35年3月』

Opinion (report) about bicycle troop by Japanese army (March 1902)

England and France organize bicycle troop in peacetime. England has five troops, and France has two troops. Number of soldier is 120-150. Moreover several bicycles were provided to each company of infantry and engineer.

The other countries of Europe don't organize bicycle troop in peacetime. They only provide several bicycle to each corps, and train soldiers. However, it is easy to expect that they would organize bicycle troop instantly and go to war field once armed crash happens. Since we have report that they organized bicycle troop to support cavalry division, or used the troop as independent search in recent mobile maneuver.

Though our army (Japanese army) already decided to provide two bicycles to each company of infantry and engineer, it was not done yet because there were no resources (material or bicycle itself?).
It is premature to organize an independent bicycle detached troop though bicycles aren't produced. However, if we provide bicycle to each company, we would be able to omit large number of orderly, reinforce ability of cavalry. Or we can organize a bicycle detached troop which is composed of 50 soldiers in each division even if we take out half number of bicycle for some need. Therefore we should complete bicycle quickly. While it we should research about organizing independent bicycle detached troop, and if we recognize its utility, we should organize it.


書類2
書類3

さて、タイではどうかと調べてみたところ、2点ほど関連資料を見つけることができた。
右はドイツ製折畳み式軍用自転車に関する広告である。判読し難い部分を気にせず翻訳すると下記のようになる。

『折畳み式自転車

このドイツから来た特製品を注文して下さい。どの部品もドイツ国内で製作されています。
頑丈で、乾季には通常の自転車同様に快適に使用することができます。戦時又は演習の際には過酷な使用を懸念する必要はありません。 フレームの折損を恐れることなく田園地帯の自然堤防を乗り越えることができます。
道路状況が極度に悪い場合には、工具を使用することなしに瞬時に折畳んで写真のように肩に担ぐことができます。
価格は驚くほど手頃です。』

"Folding bicycle

I recommend you to order this special model which came from Germany.All of the parts were produced in Germany.
It is strong; you can ride comfortably like an ordinary bicycle in dry season. You don't need to be anxious about rough riding in wartime or military maneuver. You can climb over natural dike around rice field without anxiety of frame breakage.
In the case of bad road, you can fold the frame quickly without tool, and shoulder the bicycle like the illustration.
The price is surprisingly reasonable."

右の資料の内容を要約すると下記のようになる。

『イギリス・フランス・ドイツのような先進諸国では、様々な状況で使用できる業務用自転車を開発している。
折畳み式自転車は、戦時に荒野を走り、沼地や運河を渡るために1870年頃に考案された。 イギリスではB.S.A(Birmingham Small Arms)、フランスではプジョーの軍事工場でそれらは製造された。
折畳み式自転車の広告には、それが軍事専用であることが強調されている。』


ちなみに記事の右側は、日本製PUPPYの広告である。「簡単・自在(器用)・頑丈・美麗」というのがキー・ワードらしい。

右はフランス製自転車に関する記事で、「タイで仏製自転車を見つけるのは困難で、町で見かけるものの大半は英・独製の自転車である」という旨が記されている。 その大きな理由として、1893年に勃発したパークナム事件(The Siam Crisis)が挙げられ、他の理由として、一般に仏製よりも独・英製自転車の方が安価であったことが説明されている。

注:パークナム事件
ベトナムを植民地化していたフランスは、当時のタイ領ラオスが本来ベトナムに帰属すべきだとと主張し同国の割譲をタイに迫った結果、仏泰両国の間で一時的な交戦が行われた。 当時、イギリスとフランスはタイランドを東西から挟んで対峙しており、双方がタイの植民地化を企図していた。

これまで、折畳み自転車といえば旅行好きのフランス人が自転車と共に汽車に乗り込むために考案したものだと思っていましたが、軍用が起源だとは意外でした。 またサイクルズ・プジョー社が軍需産業としての一面をもっていたことは知っていましたが、こんなものを製造していたというのは初耳です。 さらに資料を漁っている課程で、過去の列強諸国による植民地競争とアジアの自転車事情との関連も判りました。
建設的な質問というものは、尋ねられた方をより高い知的次元へ引っ張り上げてくれるものだとあらためて実感しました。

写真はタイの博物館に以前展示されていたもので、Pliante Gerard の管理者の意見では、イギリスのブランド「Dursley Pedersen」の「Fawn」、或いは第二次大戦中、アメリカのパラシュート部隊に配備されていたものではないかということです。

Gold Crest 2
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